大阪地方裁判所 昭和41年(ヲ)2033号 決定 1966年9月01日
理由
本件における申立人の主張と申立の概要は、「申立人は債権者・十三信用金庫、債務者・矢島静子間の当裁判所昭和三九年(ケ)第三二〇号不動産競売事件において、別紙目録記載の各不動産につき昭和四一年四月一二日競落許可決定の言渡を受け、その確定を見て、同年六月六日競落代金を完納した。しかるに、これらの不動産は、相手方が現在これを占有しているのであり、それに至る過程として、(1)申立外大八商事株式会社から前示矢島静子を執行債務者として、大阪簡易裁判所昭和三九年(イ)第一、一八八号事件の和解調書に基き、昭和四一年五月一五日これらの不動産の明渡の強制執行がなされた事実、(2)次いで同年同月中旬頃、大八商事株式会社から相手方に対し、右各不動産上の権利を譲渡した事実がある。すなわち、相手方は、本件各不動産につき、申立人の競落後、債務者から占有を承継した大八商事株式会社からさらに占有を承継したものである。よつて、相手方に対する右各競落不動産の引渡命令を求める。」というのである。
しかしながら、競売法第三二条第二項において同法の不動産競売手続についても準用が認められている民事訴訟法第六八七条第一項の競落不動産引渡命令は、競売手続上の債務者(競売法の競売手続にあつては、競売手続開始決定中に目的不動産の「所有者」として表示されている者ないしはその競落前の包括承継人を意味するが、以下便宜に従い、右をも含めて単に「債務者」という。)を相手方としてのみ発し得ると解されるから、右債務者以外の者を相手方に掲げた引渡命令の申立は、許されぬものというべきである。
そもそも、民事訴訟法第六八六条または競売法第二条第一項による競落人の所有権取得については、これを原始取得と認める見解もあるが、右は、競落によつて形成された私の売買を原因とする債務者からの承継取得と解するのが相当である。そして、元来私法上の請求権を表示した給付裁判は、判決手続をもつてなされるのを原則とするが、不動産競売手続の過程において当該不動産につき債務者、競落人間に売買が成立したかどうかは、競売裁判所において記録上容易に審査、認識し得るところであるから、競売裁判所が、任意的口頭弁論手続に基く決定の形式をもつて目的不動産を売主から買主に引き渡すべき旨を命じ得るものとしても、さしたる弊害がなく、合目的的であるとして認められたのが、競落不動産引渡命令の制度にほかならない。すなわち、不動産引渡命令の本質は、競落によつて形成された私の売買を原因とする競落人の目的不動産引渡請求権を表示した裁判であるところ、右売買における売主とは、競売手続上の債務者にほかならないから、引渡命令に表示すべき引渡義務者たる相手方は当然こうした債務者に限られるものと解されるのである。かように考えることは、民事訴訟法第六八七条第三項において、管理人に対する引渡命令の相手方を「債務者」と規定していることとも、均衡を保つゆえんであろう。
右の説示と異なり、競落不動産引渡命令の相手方を債務者以外の目的不動産占有者にまで認める各種の見解があるが、いずれも理論上首肯することを得ぬものである。
第一説は、目的不動産の所有権を取得した競落人に占有権原を対抗し得ぬすべての占有者に対して、引渡命令を発し得べきものとする。
しかしながら、この見解は、目的不動産の所有権が競落人に属する場合に限り、その引渡命令申立を認容すべきものと解する結果、裁判所に対し、しばしば甚だ困難な審理を強いるものである。例えば、競落人の権利取得が債務者からの売買を原因とする承継取得である限り、債務者以外の者の所有不動産が誤つて競売に付されていた場合、競落人が目的不動産の所有権を取得したとはいえないし、また、通説によれば、競売法の競売手続につき申立の原因たる先取特権や抵当権が存在しなかつた場合にも、競落人の目的不動産に対する所有権取得を否定しなければならないというのである。それ故、裁判所が競落人の所有権取得の成否を確めるためには、債務者以外の者の所有不動産を差し押えていないかどうか、競売法による競売手続が担保権不存在のままで進行していなかつたかどうかの点まで取り調べる必要があるとせねばならない。右の困難は、競落人の権利取得につき原始取得説をとり、担保権不存在のときでも競落人の所有権取得が可能であると解することにより、これを避けることができるのであるが、それでも、競落人が目的不動産を転売した場合は所有権を喪失するわけであるから、右の点が争われる場合には、これに関する審理を尽くす必要があろう。さらに、競落人に占有権原を対抗し得ぬすべての占有者に対し引渡命令を発し得るという見解は、反面において、引渡命令申立の相手方が、同申立事件の審理の過程にあつて、留置権、賃借権といつた自己の占有権原の存在を抗弁として提出することを認める趣旨と解されるが、かかる抗弁の成否の判断もまた、裁判所に極めて困難な審理を強いるものである。いずれにせよ、右の見解に従えば、競売の附随手続として、簡易、迅速を使命とすべき引渡命令申立事件ないし同命令に対する民事訴訟法第五四四条の異議または同法第五五八条の即時抗告事件が、徒らに紛糾し、時としては、基本たる競売手続よりもはるかに複雑、厖大なものとなる奇観すら呈するに至るであろう。
さらにまた、引渡命令を所有者たる競落人に占有権原を対抗し得ぬすべての占有者に対して発し得べきものとし、債務者以外の者に対して引渡命令を発する場合にも彼を審尋する必要を認めず、また、その引渡命令に対する異議または即時抗告の手続でも双方審尋を要しないと解することは関係人に対し手続関与の機会を与えるにつき甚だ粗略であると評しなければならない。右の見解は、競落人の権利取得を原始取得と解するを通説とするドイツにおいて、その強制競売および強制管理に関する法律第九三条が、「競落を許す決定に基いて、土地またはこれと共に競売すべき物件の占有者に対し、明渡および引渡の強制執行をすることができる。右強制執行は、占有者が競落により消滅しない権原に基き占有するときには、これをすることができない。」と規定しているのと、一見近似する結論を認めるもののようであり、また、論者は、しばしば自己の説を裏付けるために該規定を援用するのである。しかしながら、右規定に基く強制執行のためには、競落許可決定に執行文の付与を受けねばならず、ことに、債務者以外の占有者に対する執行文の付与については、承継執行文の付与手続に関するドイツ民事訴訟法第七二七条、第七三〇条、第七三一条(それぞれ日本民事訴訟法第五一九条、第五二〇条、第五二一条とほぼ同旨)に準拠すべきものと解されていることを看過してはならない。すなわち、ドイツにおいては、競落許可決定に基く債務者以外の占有者に対する強制執行のためには、執行開始前の執行文付与手続の段階において、競落人から当該占有者を被告とする執行文付与の訴が提起されるか、そうでないときでも、当該占有者の審尋が必要的であり、かつ、執行文が付与されたときは、これに対し異議の訴を提起し得る建前なのであつて、いずれにせよ、必要的口頭弁論に基く判決手続の途が開かれているわけである。手続の適正を担保する配慮の慎重さにおいて、日本法上不動産引渡命令を発し得べき相手方の範囲を債務者以外の占有者にまで拡張する場合と対比すべくもないであろう。
次に、第二説は、債務者のほか、目的不動産の差押の効力が発生した後においてこれを占有するに至つたすべての者に対し、引渡命令を発し得べきものとする。
しかしながら、この見解の論拠は、不可解である。論者は、目的不動産の差押後の占有者は、その占有権原をもつて競落人に対抗し得ぬからというが、実体法上常にそうであるとはいえまいし、右のような論拠ならば、差押前からの占有者であつてその占有権原を競落人に対抗し得ぬ者をも引渡命令の相手方に含ませる前示第一説と対決することを得ないであろう。
最後に、第三説は、債務者およびその包含承継人のほか、目的不動産に対する差押の効力が発生した後において、債務者からその占有を特定承継した者に対して、引渡命令を発し得るものとする。
しかし、この見解も、十分な論拠を有していない。まず、競売の本質が債務者、競落人間の私の売買にほかならぬとすれば、競落人は、何故債務者からの差押後の特定占有承継人に対し目的不動産の引渡を請求し得るのであろうか、その実体法上の根拠は、不可解である。この点に関し、差押後の目的不動産の処分が競落人に対抗し得ないということがしばしば主張され、また、右の命題自体には誤がないのであるが、このことから導き出される結論は、せいぜい、競落人において債務者、占有承継人間の権利移転の効果を否定し得ることだけであり当然に競落人が占有承継人に対して目的不動産の引渡請求権を有することにはならないはずである。けだし、競売によつて直接発生するところの競落人の引渡請求権が、買主としての債権的請求権にほかならないとすれば、これに対応するところの債務者の売主たる地位に基く引渡義務が、債務者、第三者間の処分行為ないしこれに基く占有移転によつて第三者に当然移転するということは、実体法上考えられないからである。次に、競落人の権利取得につき原始取得説をとるならば、競落人に対し占有権原を主張し得ぬ者は、債務者およびその包括承継人と差押後の債務者からの特定承継人に限らないわけであるから、引渡命令の相手方の範囲をより広く認めて、むしろ前示第一説をとる方が、結論の当否はともかくとして、論理は一貫するものと考えざるを得ない。さらに、第三説が、債務者の一般承継人に対し引渡命令を発することを認めているのは、さしたる弊害を伴わないところであるが、競売裁判所としては、競落許可によつて成立した売買を原因とする引渡請求権の存在を、右売買成立の時点において捉え、これを引渡命令に表示すれば足り、その後の承継(包括承継に限る必要はない。)の事実は、承継執行文付与手続の段階で考慮すべきものとする方が、競売裁判所の職分の範囲を限定し得て、より合理的と思われる。
なお、以上第二説および第三説のいずれを採用するとしても、不動産引渡命令申立事件の手続において、債務者でない相手方の占有開始の時期、原因等を認定すべく、しばしばかなり複雑、困難な審理を余儀なくされ、前示第一説の場合と同様、裁判所が過重の負担を強いられる弊を免れないのであるが、それにもかかわらず、関係人において手続に関与し得る法律上の保障が甚だ局限されているという、跛行的現象を是認しなければならない。
以上、詳述した次第で、当裁判所は、競売手続上の債務者以外の者を相手方に掲げた本件競落不動産引渡命令の申立は、許されぬものと考えるから、これを却下する。